わたしが仮想通貨市場に参戦したのは、2017年。
まだ「取引所」というよりは「交換所」と呼ぶのがふさわしい、雑多な空気が漂う東京の業者を通じてだった。
日本円を入金し、それをXRP(リップル)に交換して、手動でウォレットに移す。
送金アドレスを一文字でも間違えたら全額ロストするあの緊張感。
いま思えば、まさに「手作り投資」とでも言うべき、黎明期特有の不便さと熱気がそこにはあった。
そして、結果はどうだったか。
1年たらずで、資産は5倍、瞬間的には10倍近くにまで膨れ上がった。
「すごいですね」「才能ありますね」
そう言われるかもしれない。でも、違う。
わかる人ならすぐに指摘できるはずだ。
「おまえ、リスク取りすぎだろ」と。
これは自慢話ではない。むしろ、投資家としては恥ずべき、強欲と失敗の記録だ。
ビットコインで資産が5倍になったときの感覚
爆益、いい響きだ。
朝起きてスマホを見ると、寝ている間に自分の年収分くらいのお金が増えている。
そんな日が続くと、人はどうなるか。
世界が自分中心に回っているような、全能感に包まれる。
「自分には相場を読む才能があるんじゃないか?」
そんな勘違いを本気でし始める。
ブレーキ?
そんなもの、とっくに壊れている。
頭の片隅では「こんなバブル、いつまでも続くわけがない」と分かっている。
でも、目の前の数字が増え続ける快楽の前では、論理なんて吹き飛んでしまう。
朝起きて100万円増えていたとき、私が何を考えたか。
「やった!」ではない。
「なんでもっと入れておかなかったんだ!」だ。
これが、利確できない心理の正体だ。
増やせば増やすほど、さらに強欲になる。ゼロになるまで、ブレーキを踏めなくなる。
バカだと思うだろうか? でも、人間なんてそんな弱い生き物なのだ。
爆益が人生を狂わせる3つの理由
仮想通貨バブルは、私に莫大な含み益をもたらしたが、同時に大切なものを3つ破壊した。
① 私生活が破綻する
半年で資産が5倍。
新卒で貯金ゼロだった若者が、いきなり数百万円、数千万円という「生涯年収レベル」の数字を目にする。
すると、周囲の景色が一変する。
ビットコインを持っていない同僚を見下すようになる。
コツコツ働いている上司を「情弱」だと蔑むようになる。
家族の話すら、まともに聞けなくなる。
金融の世界では「少ない種銭で大きく稼いだ奴が正義」だと思い込んでいた。
その結果、私は完全な「リスクジャンキー」になった。
「もっと金を注ぎ込めば、もっと増えるはずだ」
そう信じ込み、極度の極貧生活を始めた。
外食は一切なし。食事はカップ麺1個。浮いたお金は1円残らず仮想通貨へ。
それは投資ではなく、パチンコ台に給料袋を突っ込む中毒者の姿そのものだった。
② 労働がバカらしくなる
「なんで、月20万円の給料のために、こんなに頑張らなきゃいけないんだ?」
資産が日に日に増えていく中で、労働の価値が暴落した。
汗水垂らして働くのがアホらしくなる。
世の中を完全に舐めていた。
「人生なんて楽勝だ」
そう勘違いした私は、無謀なお金の使い方をした。
リスクが取れると勝手に勘違いし、ブログや物販の真似事にも手を出した。
特に物販では、「リスクをとれる私なら」と、ギリギリまでカードの限度額を使い込んでいた。
だが、地道な努力ができない人間に成功できるはずもない。
結果、支払いに追われ、胃をキリキリさせる日々が待っていた。
③ 貯める力が壊れる
私だけではない。
同じ時期に参戦した友人は、私以上の種銭を持っていたため、軽く数千万円の利益を出していた。
彼は私より賢かった。ちゃんと利確し、憧れだった外車を購入した。
「5000万持ってて、年収300万の暮らしを続けるには、相当強靭な精神力がいるよ」
当時の私は、その言葉に妙に納得してしまった。
しかし、悲劇はそこからだ。
一度上げた生活レベルは、簡単には戻せない。
バブルが弾け、相場が冷え込んでも、派手な生活をやめられない。
「最近、金が貯まらんわー」
そうこぼす彼を、私は「嫌味かよ」と無視していたが、彼は本気で困っていたのだ。
結果、彼は減りゆく資産に耐えきれず、さらに変動率の高い商品に手を出した。
石油の先物取引だ。
気がつけばマイナス1500万円。
大切にしていた外車も、手放す羽目になった。
爆益を手にしたはずの僕らは、気がつけばすっからかん。
残ったのは、見たくもない暴落したチャートと、1年で急激に増えた白髪だけだった。
仮想通貨バブルで学んだこと
幸せって、なんだろう。
人生って、なんだろう。
預金残高が底をつき、真っ白になった頭で、真剣に考えた。
確信したのは、「お金に踊らされているうちは、幸せになれない」ということだ。
お金の延長線上に、幸せはない。
幸せとは、昔からの友人と旅行に行ったり、好きなアニメに没頭したり、仕事帰りに食べるお弁当にホッとしたり。
そんな日常の些細な瞬間にあるものだ。
爆益は、時に人生を壊す。
身の丈に合わないお金は、毒にもなる。
それでも、金融市場には人生を変える力がある
散々な目にあった。
それでも、私は投資をやめていない。
なぜか?
あの時の高揚感、あの時の可能性。
「金融市場には、人生を一変させるだけの力がある」という事実を知ってしまったからだ。
そして何より、きれいごと抜きに
「お金はないより、あった方が絶対に気分がいい」
これもまた真実だからだ。
問題は市場ではなく、私のリスク管理にあった。
自分の器を超えたリスクを取れば、自滅するのは当たり前だ。
だから、もう一度挑戦したい。
今度は、自分にちょうどいいリスクを探りながら。
一発逆転の爆益ではなく、人生を少しずつ、でも確実に前に進めるための力として。
爆益は人生を壊す可能性もある。
でも、正しく向き合えば、人生を前に進める力にもなる。
【免責事項】
本記事は筆者の個人的な体験談であり、特定の暗号資産(仮想通貨)の売買推奨や、将来の利益を保証するものではありません。投資は自己責任で行ってください。

comment