「新興国投資」という言葉を聞いたとき、バングラデシュを思い浮かべる人は少ないだろう。
それも無理はない。2024年夏、大規模な学生デモが発生し、長期政権だったハシナ首相が国外に脱出した。ニュースを見た人間なら、「不安定な国」というイメージがついてもおかしくない。
だが、投資家として冷静に考えると、少し違う景色が見えてくる。
今回はGDP推移・人口構造・株式市場(DSEXインデックス)の3つのデータを整理したうえで、「では今、どう向き合うか」という問いに正直に答えていく。結論を先に言えば、指数全体を追うよりも、優良個別株の一本釣りが今のバングラデシュには合っていると考えている。
1. GDP推移から見えること
20年で約10倍という事実
まず数字を並べる。世界銀行(World Bank)の公式データによると、バングラデシュの名目GDP(現在価格・米ドルベース)は以下のように推移してきた。
- 2000年:約 470億ドル
- 2010年:約 1,150億ドル
- 2015年:約 1,950億ドル
- 2020年:約 3,740億ドル
- 2021年:約 4,163億ドル
- 2022年:約 4,601億ドル
- 2023年:約 4,515億ドル
2000年から2022年にかけて、GDPは約10倍に拡大した。この伸びは、同期間のインドやベトナムと比較しても遜色ない水準だ。
成長率の安定性も特筆すべき点だ。World Bankの年次データでは、2000年代後半から2019年にかけてほぼ一貫して6〜7%台の実質成長を維持した。欧米の経済学者が「成長モデル」として取り上げたのも、この持続性があったからだ。
足元の鈍化と、その読み方
ただし、足元は別の話だ。
IMFの2025年Article IV審査によると、2024-25年度の実質GDP成長率は3.97%まで落ち込んだ。World Bankも2025年4月のプレスリリースで、政策改革の実行が成長回復の鍵であると指摘している。
背景は複合的だ。インフレの長期化(2025年11月時点でも8.29%)、銀行セクターの不良債権問題、民間投資の冷え込み。加えて、2024年の政権交代による混乱期が投資センチメントを下押しした。
これを「終わり」と見るか。あるいは「底打ち前夜」と見るか。その判断材料として、人口と株式市場のデータを重ねていく。
2. 人口構造から見えること
中央年齢27歳という数字の意味
国連人口基金(UNFPA)およびUN World Population Prospects 2024によると、バングラデシュの人口は2024年時点で約1億7,356万人。中央年齢は27.0歳だ。
25歳未満の人口が全体の42.4%を占める。生産年齢人口(15〜64歳)の比率は約65%。日本の生産年齢人口比率が59%台まで低下していることを考えると、この差は小さくない。
働く人間が多く、扶養を必要とする人間が少ない。理論上、消費・貯蓄・投資の余力が大きい時期だ。これが「人口ボーナス」と呼ばれる状態であり、バングラデシュはまだその窓の中にいる。
ボーナスは2030年代に閉じる
ただし、人口ボーナスには期限がある。バングラデシュ統計局(BBS)のデータを基にした分析では、生産年齢人口比率は2021年の66.58%をピークに低下が始まっており、ボーナス期は2033〜2040年頃に終了する見込みとされる(UNFPA Bangladesh)。
逆に言えば、今から10年前後はまだボーナス期の末期にある。内需拡大・中間層形成・金融サービスへの需要増——これらが起きやすい時間帯だ。
そして、内需拡大の恩恵を最初に受けるのは銀行だ。貸出需要・決済・預金——経済活動のすべてが銀行を通る。この構造が、後に述べる個別株アプローチの根拠の一つになっている。
若年雇用問題という裏側
ただ、きれいごとだけでは終わらせられない。
若い人口が豊富でも、雇用が追いついていなければ話は変わる。毎年200万人が労働市場に参入するが、生み出せる雇用はその数分の一とされる(The Daily Star、2024年)。若者のNEET率(就学も就労も職業訓練もない状態)は2022年時点で41%だ。
人口の「量」と経済の「質」のギャップは、バングラデシュが抱える構造的な宿題だ。この問題が解決されるかどうかが、ボーナス期を本当に活かせるかを左右する。
3. DSEXから見えること
指数の概要と推移
DSEXとは、ダッカ証券取引所(Dhaka Stock Exchange)が算出するフリーフロート時価総額加重型の株価指数だ。2008年を基準年(基準値1,000ポイント)とし、2013年1月28日から正式運用が始まった。
CEIC Dataおよびinvesting.comの集計によると、主な推移は以下の通りだ。
- 2013年4月(運用開始直後の最安値):約3,439ポイント
- 2013〜2019年:3,500〜6,000ポイント台で推移(期間平均5,421ポイント)
- 2021年9月(史上最高値):7,329ポイント
- 2024年:年間で▲16.5%下落(BRAC EPL Research)。時価総額はBDT 7.7兆→6.6兆タカへ縮小
- 2025年12月:約4,865ポイント(CEIC Data)
なぜ下がり続けたのか
2021年の急騰は実態を伴っていたか、という問いに答えるなら、部分的にはノーだ。
コロナ後の流動性供給、資本市場安定化基金からの資金注入、個人投資家の急増——これらが重なり、指数は2年足らずで約2倍に膨らんだ。その後、フロア価格制度(下限価格制度)が導入され、急落は防いだものの市場の流動性を大幅に奪った。The Business Standard(2023年)によると、この制度により2023年のDSE売買代金は前年比40%減少した。
さらに2024年の政変が加わり、センチメントは悪化。DSEXは最高値から約3割下落した水準にある。
指数全体を追うリスク
ここで一つ、私見を正直に言う。
今のDSEXを指数ベースで追うのは、筆者には向いていない戦略だと思っている。流動性は低く、銀行セクター全体では不良債権比率が35.73%に達している(バングラデシュ銀行、2025年9月時点)。市場全体を買う発想は、この問題ごと抱え込むことを意味する。
指数ではなく、個別銘柄で「健全な企業だけを選ぶ」。この発想の転換が、今のバングラデシュには合っている。
4. 政権交代後の変化:「投資可能」になった背景
2024年8月5日、長期政権を握っていたシェイク・ハシナ首相が学生主導のデモを機に国外に脱出し、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏を最高顧問とする暫定政府が発足した。
これを聞いて「不安定化した」と感じるのは自然だ。ただ、前政権下で何が起きていたかも知る必要がある。
ハシナ政権末期、バングラデシュの銀行セクターは政治的に近い企業グループへの不正融資が横行し、不良債権が積み上がった。規制の透明性も低く、外国投資家が「信頼できる」と感じにくい環境が続いていた。
暫定政府発足後、状況は少しずつ変わっている。J.S. Held(2025年)の分析によると、主要政党が選挙スケジュールを受け入れ、政治的な秩序が形成されつつある。外貨準備は2024年半ばの200億ドル以下から、1年後には300億ドル超へ回復した(バングラデシュ銀行)。海外送金も2024-25年度に過去最高の303億ドルを記録した。
「政治的安定」という言葉を使いたいが、完全ではない。ただ、前政権下では「投資したくても難しい」と感じる要因が多かった。それが今は、「慎重に向き合える環境」に変わったと見ている。
この変化が、次の話につながる。
5. 指数より個別株——BRACバンクという選択肢
「市場全体が沈んでいるとき、健全な銘柄は何をしているか」
BRACバンク(DSE:BRACBANK)は市場を大きく上回るパフォーマンスを示した。 各社の業績開示によると、BRACバンクの2025年1〜9月期業績は以下の通りだ(2025年通年の確定値は未集計)。
- 純利益(連結):153.6億タカ(前年同期比 +52%)——9ヶ月で2024年通年を超過、国内民間銀行初のTk1,500cr突破
- 預金:前年比 +36%
- 貸出:前年比 +3〜4%(国債投資に軸足を移したため低水準)
- 配当:2024年分として25%(現金12.5% + 株式12.5%)を2025年6月AGMで承認
2026年第1四半期の業績は4〜5月の開示待ち。NAV per shareは2025年9月末時点で前年比+31%の51.73タカに上昇、EPS(9M)は6.06タカ。
市場全体が低迷するなかで、なぜBRACバンクはこれだけ稼げているのか。
BRACバンクが持つ構造的な強み
BRACバンクは、NGO「BRAC」の系列として設立された銀行だ。農村・中小企業向けの金融に強みを持ち、マイクロファイナンスやSME融資を中心に成長してきた。政治的に近い大企業グループへの集中融資という、バングラデシュの銀行セクターが抱える問題とは距離を置いてきた組織文化がある。
それが今、不良債権問題が噴出する競合他行との差別化要因になっている。
「市場全体の不良債権比率が35%を超えているのに、優良行は最高益を更新している」——この事実は、指数で市場を買う発想の限界を示している。
ただし、リスクも
BRACバンクが優良行だからといって、無リスクではない。
まず流動性リスクだ。DSE全体の売買代金は縮小しており、入るのは比較的容易でも、規模を持って売却するのは難しい局面がありうる。次に、銀行セクター全体の信用収縮が波及するリスクも残る。カントリーリスク(政治・規制の不確実性)は引き続き高い。
これらを承知のうえで、「それでも向き合う価値があるか」を考えることが投資家の仕事だ。
6. 3つを合わせてどう読むか
GDP・人口・DSEXの3つを重ねると、一つの投資仮説が浮かんでくる。
バングラデシュは今、不況の底にいる可能性がある。成長率は4%を割り込み、株式市場は最高値から3割安、政治は過渡期だ。
しかし、構造的な背景は消えていない。若い人口ボーナスは残っており、海外送金は過去最高を更新、外貨準備も回復した。暫定政府は選挙プロセスを進めており、前政権下の閉鎖的な投資環境が変わりつつある。
不況期に構造的優位を持つ企業を仕込む。これは古典的な投資の発想だ。バングラデシュにおいて、それに最も近いのは「セクター全体が荒れているなかで業績を伸ばしている銀行」だ。
指数を買えば市場全体の問題を抱える。だが個別株なら、問題から距離を置いた企業だけを選べる。
「面倒くさいことが堀になる」という考え方がある。クリック一つで買えるETFや指数投資の先に何があるかを考えるなら、こういう「手間がかかる」市場と「手間がかかる」アプローチの組み合わせに、アルファが残っている可能性はある。
断言はしない。ただ、自分はそう考えて観察を続けている。
7. まとめ
3つのデータから読み取れることと、今の結論を整理する。
- GDP:長期の成長実績は本物だ。足元は鈍化しているが、外貨準備の回復・送金増加など底打ちの兆しもある。政策改革が進めば2026年度に5%台回復の予測も出ている(世界銀行、バングラデシュ銀行)。
- 人口:中央年齢27歳、生産年齢人口比率65%。ボーナス期はあと10年前後残っている。内需・金融サービス需要の拡大基盤はある。
- DSEX:指数全体は最高値から約3割安。流動性は低く、セクター全体の不良債権問題は深刻だ。指数ベースで市場全体を買う発想は、今は合っていないと見ている。
結論を言えば、今のバングラデシュに向き合うなら、DSEXという「市場全体」ではなく、業績が証明されている個別優良株の一本釣りが現実的なアプローチだ。BRACバンクはその候補の一つとして挙げられる。
政権交代で「投資できなかった市場」が「慎重に向き合える市場」に変わりつつある。不況の底で、健全な企業を選ぶ。回復局面で享受できるアップサイドを考えると、今から仕込む意味は小さくないと思っている。
ただし、これはあくまで一つの仮説だ。流動性リスク・カントリーリスク・個別銘柄リスクを理解した上で、自分のリスク許容度と時間軸に照らして判断してほしい。
出典
- World Bank Open Data「GDP (current US$) – Bangladesh」
https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?locations=BD - World Bank Press Release(2025年4月)「Strong Economic and Fiscal Reforms will Help Bangladesh Sustain Growth Amid Global Uncertainty」
https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2025/04/23/ - IMF「2025 Article IV Consultation with Bangladesh」(2026年1月公表)
https://www.imf.org/en/news/articles/2026/01/30/ - CEIC Data「Bangladesh Equity Market Index, 2013–2026」
https://www.ceicdata.com/en/indicator/bangladesh/equity-market-index - Investing.com「Dhaka Stock Exchange Broad Historical Data (DSEX)」
https://www.investing.com/indices/dhaka-stock-exchange-broad-historical-data
※ 本記事に含まれるGDP数値は、World BankおよびIMFの公開データに基づく。人口データはUN World Population Prospects 2024による推計値を含む。DSEX関連データはCEIC DataおよびDSE公式データを中心に利用した。BRACバンクの業績数値は同社開示および報道各社の記事に基づく。
※ 本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資商品の購入・売却を推奨するものではない。個別株投資にはリスクが伴う。投資の判断はご自身の責任のもとで行ってほしい。

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