過去のバブルは「ある特定の資産クラス」が突出して膨らみ、それが弾けて経済全体に波及する形を取ってきた。チューリップ、南海会社株、IT 関連株、米国住宅、いずれも主役のアセットは1つに絞れた。だが2020年以降の局面は、株式・債券・不動産・暗号資産・コモディティ、と複数の資産クラスが同時に高水準にある、と指摘されることが多い。これを「エブリシング・バブル(Everything Bubble)」と呼ぶ。
E シリーズの締めくくりとして、今が本当にエブリシング・バブルだとした場合、出口がどうなりうるかを、過去のバブル類型を参照しながら整理しておきたい。「これがバブルだ」と断定するのではなく、複数のシナリオを比較しながら、自分のポジションを見直す材料としていきたい。
「エブリシング・バブル」とされる現状の数字
2024〜2025年の主要資産のバリュエーション水準を、過去の長期平均と比べてみると、次のような構図が浮かぶ。
- 米国株 CAPE:約34〜37倍(過去平均17倍、過去140年で上位5%以内)
- 米国住宅価格対所得比:約7倍超(過去平均5倍、住宅バブル期2007年が約7倍)
- 米国 BAA 社債スプレッド:約100bp 台(歴史的下位、信用緩和過剰)
- 暗号資産時価総額:ピーク3兆ドル超(2018年は1,000億ドル)
- 商業用不動産:ピークから下落中だが、依然として歴史的高水準
- 金:1オンス2,500〜3,000ドル(インフレ調整後でも歴史的高値圏)
これらが同時並行で高水準にあるのは、過去のバブル期と比較して、特異な特徴である。1929年は株式中心、2000年は IT 関連株中心、2007年は住宅と CDO 中心、と「主役」が明確だった。現状は主役が複数並んでいる。これがエブリシング・バブル仮説の根拠である。
背景にある「カネ余り」
同時多発的なバリュエーション上昇の背景には、過去15年間に世界の中央銀行が積み上げた巨額のバランスシート拡大がある。
- FRB バランスシート:2008年 $9000億 → 2022年ピーク $9兆(10倍)
- ECB バランスシート:2008年 €2兆 → 2022年ピーク €9兆(4.5倍)
- 日銀バランスシート:2008年 110兆円 → 2024年 760兆円(7倍)
- 世界の中央銀行合計:2008年 $5兆 → 2022年ピーク $30兆超
ジョン・ローのミシシッピ・スキームと比較するのは過大評価だが、「中央銀行が紙幣を増発し、それが資産価格に流れ込む」という構造は、500年の金融史で繰り返されてきたパターンだ。2022年以降は、FRB が量的引き締め(QT)に転じたが、世界の中央銀行のバランスシートはなお歴史的水準にある。
過去のエブリシング・バブル類似事例
「複数資産が同時に膨らんだ」事例を歴史で探すと、いくつか参考になるケースがある。
- 1989年の日本:株式と不動産が同時にピーク。日経平均 PER 60倍、東京の地価が天文学的水準
- 1989年の台湾:株式時価総額が GDP の300%まで膨張、その後の暴落で約8割下落
- 2007年の米国:株式・住宅・コモディティ・新興国株が同時に高水準
- 2008年の中国:上海総合指数 6,124(2007年10月)から1,664(2008年10月)へ -73%
これらに共通したのは、「複数資産クラスが同時に5〜8割下げた」という出口だった。1989年の日本は、株式と不動産がピーク後の20年で、それぞれ約 -80%、-60% 下落した。エブリシング・バブルが弾けた場合、特定資産クラスでの逃げ場が失われるため、ドローダウンが深く、長くなる傾向がある。
シナリオ1 —— ソフトランディングと長期低リターン
もっとも穏やかなシナリオは、「バブルが急激に弾けるのではなく、長期にわたって緩やかに調整される」というものだ。
- 名目価格はじり安〜横ばい、インフレで実質リターンが10〜15年低水準
- 名目 GDP の成長で、各種バリュエーション指標が時間とともに正常化
- 株式の年率実質リターンが、過去の平均7%から1〜3%に低下
- 個人投資家にとっては、「20年積立」で複利が効きにくい時代となる
このシナリオは、1989〜2003年の日経平均の14年低迷、あるいは1966〜1981年の米国株の15年横ばいに近い。当時の米国株は、名目価格はほぼ動かず、高インフレで実質購買力が大きく目減りした。「エブリシング・バブル」の最終的な処理が、深い暴落ではなく、長い停滞という形で起きる可能性は十分にある。
シナリオ2 —— 急性ドローダウン
もう一つのシナリオは、何らかの引き金(金融危機、地政学的ショック、AI 関連株の決算未達など)で、複数資産が同時に急落するパターンだ。
- 株式:S&P -40〜50%、ナスダック -50〜60%
- 不動産:商業用 -20〜30%、住宅 -10〜20%
- 暗号資産:時価総額 -60〜80%
- 金:相対的に強含み、+20〜30%
- 長期米国債:金利低下で +10〜20%
2008年型の急性ドローダウンが、より広範な資産クラスで起きる、という形だ。この場合、リスクパリティ戦略のような分散ポートフォリオでも、株式・債券・コモディティが同時下落する局面が短期的に発生し、「分散の利得」が一時的に消える。2022年初頭の局面(株・債券・暗号資産が同時下落)は、その小規模な予兆とも言える。
シナリオ3 —— インフレ加速と通貨毀損
3つ目は、エブリシング・バブルが「資産価格の下落」ではなく、「通貨価値の毀損(インフレ加速)」という形で処理されるシナリオだ。
- 名目資産価格は維持されるが、インフレが10%超に再加速
- ドル・円・ユーロなどの主要通貨の購買力が急速に低下
- 金、コモディティ、実物資産の価格が大きく上昇
- 株式は名目で見れば上昇、実質リターンはほぼゼロ
- 長期債は実質ベースで大幅マイナスリターン
これは、1970年代のオイルショック後の米国(インフレ10年平均7〜8%)に近い。資産価格は「名目では崩れない」が、実質購買力ベースで大きく目減りする。新興国の歴史でいえば、ハイパーインフレ国(アルゼンチン、トルコ、ジンバブエ)のミニ版とも言える。中央銀行が独立性を維持できるかどうかが、このシナリオの分岐点になる。
3シナリオに対する備え
3シナリオを並べると、「どれが起きるか分からないが、どれに備えても極端に外れない」ポートフォリオがある程度見えてくる。
- 株式コアは時価総額加重で残す:シナリオ1・3で機能、シナリオ2でも回復が見込める
- 金・コモディティを5〜10%:シナリオ2・3でヘッジ
- 長期債を抑えめに:シナリオ3で大きく負ける
- キャッシュ比率10〜20%:シナリオ2で押し目買い余力
- 新興国を10〜20%:シナリオ3で実質ベース優位、シナリオ1でも長期成長余地
これらの配分は、特別に攻撃的でも防御的でもない、「ミドルテンプル型」のポートフォリオに近い。エブリシング・バブルの出口がどのシナリオを取っても、致命的な損失は避けられる構成になる。
「断定しない」姿勢の重要性
過去のバブル分析でしばしば見落とされるのは、「リアルタイムでバブルだと断定するのは難しい」という事実だ。シラーの「根拠なき熱狂」発言は1996年12月、ピークアウトはそこから3年以上後の2000年3月だった。3年もの間「割高な株価」を待つコストは、機会損失として極めて大きい。
同様に、現在の株式・暗号資産・住宅のバリュエーションが「歴史的高水準」であることは数字で確認できるが、「明日下げ始める」と断定はできない。むしろ、「数年は高水準のまま続く可能性」と「ある時点で急速に調整される可能性」の両方を視野に入れたうえで、ポジションを取りすぎず、抜きすぎず、淡々とリバランスを継続する姿勢が、結果的にもっとも有利になる。
E シリーズはこれで一区切りとする。チューリップ・マニアから始まって、南海泡沫事件、ドットコム、第一次オイルショック、そして現代のエブリシング・バブル仮説まで、5本のバブルを並べてきた。すべてに共通する「過剰流動性、ナラティブ、レバレッジ、突然の流動性消失」の構造は、近代の金融市場が始まった400年前から、本質的に変わっていない。
次回からは G シリーズに移り、季節性・アノマリーを取り上げる。1月効果、タックスロス・セリング、ヘムライン・インデックスなど、定量的に検証可能なものとそうでないものを並べて、付き合い方を整理したい。
画像クレジット: Alexas Fotos 氏(Pexels)/Pexelsライセンス(商用利用可、帰属表示義務なし)

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