インフレと金利の関係を図解で理解する —— フィッシャー方程式と実質金利

前回、リターンを期待値として置くときに、「名目」と「実質」を分けて考える重要性に触れた。その延長線上で、今回はインフレと金利がどう結びついているのかを整理しておきたい。この関係を押さえておくと、中央銀行の政策決定、新興国の通貨の動き、債券と株式の期待リターンの違いが、ずいぶん見通しよく整理できるようになる。

3つの言葉を区別する —— 名目金利・実質金利・インフレ率

まず、混同されがちな3つの言葉を整理する。

  • 名目金利:預金利息や債券の利回りなど、実際に支払われる金利そのもの
  • インフレ率:物価の上昇率。通常は CPI(消費者物価指数)で測る
  • 実質金利:名目金利からインフレ率を引いた、購買力ベースの金利

預金金利が年2%で、物価が年3%上昇しているとすると、名目金利は+2%だが、実質金利はマイナス1%になる。預金残高の数字は増えていても、買えるモノの量は減っている。「インフレ下で現金を持ち続けるリスク」と呼ばれるのは、この実質金利のマイナスが積み上がる現象のことである。

フィッシャー方程式 —— 3つをつなぐ式

この3つの関係を表すのが、経済学者アーヴィング・フィッシャーの名前を冠したフィッシャー方程式だ。厳密には次のような掛け算になる。

(1+ 名目金利) = (1+ 実質金利) × (1+ 期待インフレ率)

インフレ率が低い場合は、展開して近似すれば「名目金利 ≒ 実質金利 + 期待インフレ率」とシンプルに書ける。普段の議論ではこの近似版で十分だが、高インフレ期には掛け算のまま計算したほうが誤差が小さくなる。

この式が示しているのは、「市場で観測される名目金利は、実質金利と期待インフレ率の2つの要因で決まっている」ということだ。逆に、2つが揃えばもうひとつが割り算で出てくる。これが債券市場の値付けの一番根っこにある発想である。

TIPS から実質金利を「読む」

実質金利を直接測る数少ない手段が、米国の TIPS(Treasury Inflation-Protected Securities、物価連動国債)だ。元本と利払いがインフレ率に連動して調整されるため、市場で付いている利回りは、そのまま実質金利の期待値を表す。

同じ残存期間の通常の米国債利回りから TIPS 利回りを差し引くと、市場が織り込んでいる「期待インフレ率」が出てくる。これをブレイクイーブン・インフレ率(BEI)と呼ぶ。

  • 10年国債利回り 4.3%
  • 10年 TIPS 利回り 1.8%
  • → 10年 BEI(期待インフレ率)= 4.3% − 1.8% = 2.5%

この BEI は、FRB が政策判断で見ている数少ないマーケット由来の指標である。2022年以降、BEI と原油価格の連動が強まった局面があり、このときはエネルギー価格の上昇がそのまま長期インフレ期待を押し上げる構図が読み取れた。

実質金利は何に影響するのか

実質金利は、単に家計の預金価値を左右するだけでなく、株式・債券・不動産・金といった主要資産のバリュエーションを動かす中心的な変数でもある。ざっくり整理すると次のようになる。

  • 株式:実質金利が上がると、将来キャッシュフローの割引率が上がり、PER が下がりやすい。特にグロース株(長期の期待成長が大きい銘柄)に効く
  • 債券:実質金利上昇は債券価格の下落を意味する。長期債ほど感応度が高い
  • :金は利息を生まない資産のため、実質金利が上がると保有機会コストが増え、価格が下落しやすい
  • 不動産:住宅ローン金利が上昇し、価格が調整されやすい
  • 通貨:自国の実質金利が他国より高いと、その通貨が買われやすい

2022〜2024年の市場の動きは、この教科書的な関係がかなりきれいに効いた時期だった。インフレが先行して上昇したあと、中央銀行の政策金利が追いかけ、実質金利が長期的にプラス圏へ戻ると、株式のバリュエーションがいったん切り下がり、金と長期債が同時に下落する、という展開が起きた。

新興国投資での読み方

新興国投資の観点では、さらに「為替プレミアム」が加わる。通常、その国の通貨が弱含む期待があるぶんだけ、新興国の名目金利は先進国より高く設定される。これを、改めてフィッシャー方程式の拡張で書き直すと次のようになる。

新興国名目金利 ≒ 実質金利 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム

ブラジルの政策金利が15%、メキシコが10%、トルコが50%といった水準を見たとき、「ものすごく儲かる」と感じるのは自然だが、同時に通貨減価も織り込まれている。ブラジル・レアルやトルコ・リラがドルに対して長期的に減価してきたことで、円建て・ドル建てに換算した実質的な利回りは、想像ほど高くない、という結果になりやすい。

「キャリートレード」と呼ばれる、低金利通貨で資金を調達して高金利通貨に投資する戦略は、この期待インフレ率と通貨減価が想定より穏やかであれば利益が出るが、不測のショックで通貨が急落すると、数年分の金利差が一夜で吹き飛ぶことがある。新興国投資で高利回り債券に手を出すときは、このフィッシャー的な分解をいったん行ってから、それでも残るリターンがあるかを確認する習慣を持っておきたい。

インフレ局面での現金・債券・株式の優先順位

最後に、インフレ局面での資産クラスの優先順位について、過去の経験則をまとめておく。

  1. 現金:短期の名目利回りしか乗らないため、実質で最も目減りしやすい。高インフレ期の現金保有は想像以上に高コストになる
  2. 長期名目債:インフレが事前に織り込まれていなかった場合、価格が大きく下落する
  3. 物価連動債(TIPS):インフレヘッジとして設計されているため、名目債より優位になりやすい
  4. 株式:売上・利益が物価と一緒に上がる企業は、中長期でインフレ負けしない傾向がある。ただし急上昇期は PER 調整が先行して株価が一時的に下がる
  5. 実物資産(コモディティ、不動産、金):短期のインフレヘッジとしては効きやすい。ただし中長期で見ると、株式ほどのリターンは期待しづらい

インフレが低位安定している局面では、このヒエラルキーは目立たない。しかし、2021〜2023年のようにインフレ率が年5%を超える局面では、資産クラスごとのリターンの序列が劇的に入れ替わる。フィッシャー方程式と実質金利の視点を持っているかどうかが、こうした局面で慌てずに動けるかを大きく左右する。

次回は、決算書でよく目にする「利益」に焦点を当てたい。EPS、営業利益、継続事業ベース EPS といった似て非なる数字が、実は同じ会社でもかなり異なるメッセージを発している、という話を、実例とともに整理する予定である。


画像クレジット: Burst(Pexels)/Pexelsライセンス(商用利用可、帰属表示義務なし)

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