株式市場の「割高か割安か」を、もっとも長い時間軸で測ろうとした指標が、シラー PE(Shiller PE、別名 CAPE)である。CAPE は Cyclically Adjusted Price-to-Earnings ratio の略で、日本語では「景気循環調整 PER」と訳される。提唱したのはノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー(イェール大学)で、1880年代から現代までのデータを使って、長期の株式リターンとバリュエーションの関係を実証した研究で広く知られるようになった。
通常の PER に比べ、CAPE は10年単位の景気循環を均してくれるため、シクリカルな歪みに振り回されない。今回は、CAPE の計算方法と、過去140年の分布が示してきたパターンについて整理しておきたい。
CAPE の計算方法
CAPE の計算は、それほど複雑ではない。
CAPE = 株価 ÷(過去10年の実質 EPS の平均)
分母を「過去10年の EPS 平均(インフレ調整済み)」にすることで、景気の山と谷を平均化する仕組みだ。通常の PER の弱点として、好況期には EPS が膨らんで PER が見かけ上低くなり、不況期には EPS が縮んで PER が跳ね上がる、という問題がある。CAPE は、この問題を10年平均で吸収する。
シラー教授は、Online Data Robert Shiller というウェブページで、1871年から現在までの S&P 500 の月次 CAPE データを公開している。誰でも無料で取得でき、長期のバリュエーション分析の基盤データとなっている。
過去140年の CAPE の分布
1881年から現代までの CAPE は、概ね次のような分布を示している。
- 歴史平均:約17倍
- 中央値:約16倍
- 標準偏差:約7
- 最低水準:5倍前後(1920年12月、1932年6月、1981年8月)
- 最高水準:44倍(1999年12月、ドットコムバブル末期)
そして直近2024〜2025年の S&P 500 の CAPE は約34〜37倍の水準にある。これは歴史平均の2倍以上、かつ過去140年で「ドットコムバブル末期」と「1929年の大恐慌前夜(CAPE 32倍)」に次ぐ歴史的な高水準にある。「いまの米国株は割高か」という問いに対して、CAPE は明確に「歴史的に見て高い」と答える。
CAPE と将来リターンの関係
CAPE の本当の価値は、現時点の数字よりも、将来の長期リターンとの相関にある。シラー教授の有名な分析では、CAPE と「その後10年間の年率実質リターン」には、次のような関係が観測される。
- CAPE 5〜10倍:その後10年の年率実質リターン 平均15%超
- CAPE 10〜15倍:年率10%前後
- CAPE 15〜20倍:年率6〜7%
- CAPE 20〜25倍:年率3〜4%
- CAPE 25〜30倍:年率1〜2%
- CAPE 30倍超:年率マイナスないしゼロ近辺
つまり、CAPE が高い時期に投資した10年後のリターンは、CAPE が低い時期に投資した10年後リターンより明らかに低い、という統計的傾向がはっきり出ている。決定係数(R²)は0.4〜0.5程度で、相関の強い指標としては群を抜く水準だ。
ただし、ここで注意したいのは、「CAPE が高ければ翌年下げる」という短期予測指標ではない、という点だ。1996年に当時の FRB 議長グリーンスパンが「根拠なき熱狂」発言をした時の CAPE は約26倍だったが、そこから1999年末の44倍まで、株価はさらに大きく上昇した。短期的にはバブルが続くが、長期で見れば必ずリターンが平均回帰してくる、というのが CAPE の語る世界観である。
批判と反論
CAPE には根強い批判もある。代表的なのは次のような論点だ。
- 会計基準の変化:1990年代以降、減損ルールの厳格化で会計上の利益が押し下げられている。古い時代の EPS と単純比較できない
- 金利水準の違い:低金利時代の高 CAPE は、適正水準が変わっている可能性がある(PER の許容範囲が金利に逆比例する FED モデル)
- セクター構成の変化:1880年代の鉄道・公益中心から、現代のテック中心に変わったため、構造的に PER が高くなる
- 無形資産の比重:現代企業は無形資産投資の比重が高く、これが費用化されることで会計利益が低めに出ている
シラー本人もこれらの批判を認めつつ、「それでも CAPE が長期リターンの予測力を持っているのは確か」と応じている。実際、上記の構造変化を踏まえても、過去30年に絞ったデータでも「高 CAPE → 低リターン」の関係は維持されている。
新興国の CAPE
CAPE は米国だけの指標ではなく、各国市場で算出可能だ。GMO(Grantham, Mayo, & van Otterloo)、Research Affiliates、StarCapital といった機関投資家系のデータベースが、世界各国の CAPE を継続的に公表している。2024年末頃の各国 CAPE は概ね次のような水準にある。
- 米国:約34
- インド:約31
- 日本:約24
- フランス:約23
- ドイツ:約20
- 英国:約18
- 中国:約13
- 韓国:約13
- ブラジル:約12
- トルコ:約10
新興国の CAPE は概ね米国の半分以下だ。ただし、これを「新興国は割安、米国は割高」と単純に読むのは、先述のとおり拙速である。新興国の構造的なリスクプレミアム(カントリーリスク、ガバナンス、為替変動)が、その割安感に正当な理由として乗っている。
とはいえ、新興国の中でも「自国の歴史平均より大きく下振れている」CAPE は、長期投資の入り口として強い手がかりになる。たとえばブラジルの CAPE 12倍は、その国の過去20年の中央値(約16倍)と比べて30%程度安い水準にある。こうした「自分の歴史と比較した割安度」は、時間をかけて回帰する傾向がある。
個人投資家として CAPE をどう使うか
CAPE を投資判断に組み込むときの実用的な使い方を、3つほど挙げておく。
- 米国株のウエイト調整:S&P 500 の CAPE が30倍を超えている局面では、米国株のオーバーウエイトを控えめにし、現金や債券、新興国にローテーション
- 長期積立の心理的支え:高 CAPE 局面では、短期的な軟化を覚悟しておき、ドルコスト平均で淡々と買い続ける態度
- 新興国の入り口検討:現地の歴史平均より明らかに低い CAPE の国は、5〜10年スパンの長期投資先候補として検討
CAPE は短期トレードのツールではなく、10年単位の資産配分の道しるべとしての指標である。毎月チェックする必要はないが、年に1〜2度、各国の CAPE を眺めて、自分のポートフォリオが「歴史平均から見てどの位置にあるか」を確認しておく価値は大きい。
次回は、過去の歴史的大暴落(1929年、1972年、2000年、2007年、日本バブル)の直前の PER 水準を比較する。バブルがどのレベルから始まり、どのレベルで弾けたのか、定量的なパターンを並べてみたい。
画像クレジット: Arturo Añez 氏(Pexels)/Pexelsライセンス(商用利用可、帰属表示義務なし)

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