投資計画を立てるとき、もっとも土台になるのが「自分はどれくらいのリターンを想定しておくか」という数字です。これを置き損ねると、あとで組むアロケーションも、取崩し計画も、必要な積立額も、すべてが砂上の楼閣になります。
一方で、ネットや書籍では「年10%で回ります」から「年3%で手堅く」まで、さまざまな数字が飛び交っていて、何を信じればいいのか分かりにくいです。今回は、過去100年の実績を並べたうえで、期待値をどの帯に置くのが現実的なのか、そして「実質」と「名目」の違いをどう扱うのかを整理しておきたいです。
過去100年の主要資産リターン
米国を中心とした先進国で、過去100年(1925〜2024年頃)に観測されている年率の平均リターンは、おおよそ次のレンジに収まっています。数字はデータソース(Ibbotson、DMS、Credit Suisse Yearbook、Shiller のデータなど)によって多少違うが、桁感は共通しています。
- 米国株式(S&P500 総合):名目 約10%、実質 約6〜7%
- 米国長期国債:名目 約5%、実質 約2%
- 短期国債(T-Bill):名目 約3%、実質 約0.5〜1%
- 現金(インフレだけ):名目 約3%、実質 約0%
- 金:名目 約4〜5%、実質 約1〜2%
ここでまず押さえておきたいのは、「株式は長期で年10%」という数字が、インフレを含んだ名目値だという点です。同じ期間のインフレ率が年3%前後なので、購買力ベースでの実質リターンは6〜7%程度に落ち着きます。これが、長期投資で「5〜7%を前提に計画する」と言われる根拠です。
実質と名目の違いをなぜ分けるのか
資産運用の世界で「実質」と「名目」を分けて扱うのは、単なる学術的な好みではなく、生活者の家計に直結する区別です。
名目リターンは、保有資産の金額が名目上どれだけ増えたかを表します。これは税金や配当の計算には直接使えるが、「その金額で将来何が買えるか」という問いには答えられません。インフレが進めば、同じ1,000万円でも10年後に買えるモノの量は減っています。
実質リターンは、名目リターンからインフレ率を差し引いたもので、「購買力としてどれだけ増えたか」を表します。老後資金や教育資金のように、将来のモノやサービスを買うためのお金は、実質で考えたほうが計画の誤差が少なくなります。
フィッシャー方程式で近似的に表すと、次のような関係になります。
(1+名目リターン) = (1+実質リターン) × (1+インフレ率)
インフレ率が低いときは、「名目 ≒ 実質 + インフレ」で十分だが、インフレが高い局面(トルコ、アルゼンチンなど)ではこの近似が崩れるため、きちんと掛け算で計算したほうがよいです。
地域・資産クラスごとの差
過去100年の米国株式のリターンは例外的に良好だったという見方もあり、同じ期間で他国の株式のリターンを並べると、実はそれなりにばらついています。
- 米国株式:実質 約6〜7%
- 英国・スイス株式:実質 約5%
- 日本株式:実質 約4%(ただし1989年バブルを起点にすると悲惨)
- ドイツ・フランス株式:実質 約3〜4%(戦争で1回ゼロリセット)
- 新興国株式(MSCI EM、1988年〜):名目 約8〜9%、実質 約5〜6%
米国株式の超過リターンがそのまま他の市場で再現されるとは限らない、というのがひとつの教訓です。期待値を「米国並みの年7%」で置くか、「世界平均の年5%」で置くか、「新興国込みで年6%」で置くかによって、30年後の到達点は数百万円の単位で変わってきます。
期待値は保守的に置くほど計画が頑健になる
リタイアメント計画の世界では、「プランを崩さないための期待値」と「夢を見るための期待値」を分けて考えるアプローチがよく使われます。
- 堅い想定:実質年3〜4%。これで生活費が回るかを最低ラインとして確認します
- 中庸な想定:実質年5%前後。現実的な長期ポートフォリオの中央値
- 楽観想定:実質年7%前後。うまくいった場合のシナリオ
計画を作るときの基準は、基本的に1番目の「堅い想定」に置くのがよいです。年5%を前提に組んだ計画は、年3%しか出なかった場合にあっさり崩れてしまいます。逆に、年3%で成り立つ計画であれば、平均的に回れば余裕資金が生まれ、調子の良い年には取崩し率を上げるといった柔軟性が生まれます。
期待値と、現実に起きる「ブレ」
もうひとつ忘れてはいけないのが、期待値が「長期平均値」に過ぎない、という点です。株式の年率リターンの標準偏差は15〜20%前後あり、個々の年のリターンは、平均値の周りに大きく散らばります。「平均年7%」といっても、実際の1年のリターンは+30%のときもあれば、−30%のときもあります。
このブレを踏まえると、以下のような準備が役に立ちます。
- 3〜5年分の生活費を現金・短期債で確保する(暴落局面で取り崩さなくてもよくするため)
- ポートフォリオ全体のリスク資産比率を、年齢や収入に応じて調整します
- 積立ペースは、相場に関係なく機械的に続ける(ドルコスト平均法)
- 年に一度、ポートフォリオをリバランスし、想定した配分から大きくずれていないか確認します
期待値を置き、そのブレを受け止める仕組みを先に作っておきます。順序が逆だと、暴落が来たときに慌てて売ってしまい、長期リターンが平均値に届かなくなります。結果として「あの時売らなければ」という、投資家にもっとも多い後悔が積み上がることになります。
次回は、この実質リターンの話と関連の深い、インフレと金利の関係を図解的に整理したいです。なぜインフレが株式と債券にまったく違う作用を及ぼすのか、という点を押さえておくと、局面ごとの資産配分の判断がかなり楽になります。
画像クレジット: Lukas 氏(Pexels)/Pexelsライセンス(商用利用可、帰属表示義務なし)

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