新興国投資の面白さは、先進国株ではまず起きない「10年で株価が3倍、通貨を含めた円建てリターンでも2倍以上」という、いわゆるホームランが現実に起きることにあります。1990年代の韓国・台湾、2000年代のブラジル・ロシア、2010年代のインドといった、いくつかの当たりが記憶に残っているはずです。
一方で、同じくらいの期待で買われて外した国も多いです。トルコ、アルゼンチン、南アフリカなどは、2000年代の人気銘柄だったが、2010年代を通じてドル建てで見るとほとんどの投資家が含み損のままでした。どちらに振れるかを完全に見分けることはできないが、事後的に勝者と敗者を分けた物差しは意外とシンプルで、3つに集約できます。今回はその観点を整理しておきたいです。
ひとつ目 —— 人口動態と生産年齢人口の軌道
一番強い追い風になるのは、やはり人口ボーナス期の国です。国連 DESA の人口推計は20年以上先まで出ており、おおよその軌道は読みやすいです。見るべき指標は「総人口」ではなく「生産年齢人口(15〜64歳)」の伸びと、その比率です。
過去のホームラン事例を振り返ると、生産年齢人口が急増した10〜20年と、株式市場のブル期がかなりの精度で重なっています。1980〜90年代の韓国、2000年代後半のブラジル、2010〜2020年代のインドはいずれも、人口動態上のスイートスポットを迎えていました。一方、2010年代に伸び悩んだロシア、ブラジル後半、南アフリカは、期待に対して人口ボーナスの残り時間が短かった国々です。
足元でこの物差しに強く合致するのは、インド(まだ15年以上残っている)、インドネシア、フィリピン、ベトナム、バングラデシュ、エジプト、ナイジェリアといった国々です。ただし人口が増えるだけでは不十分で、その人口が教育を受けられるか、雇用に吸収されるか、という次の物差しが乗ってきます。
ふたつ目 —— 一人当たり GDP のステージ
ふたつ目は、一人当たり GDP が現在どのステージにあるか、という視点です。経験則として、一人当たり GDP が3,000〜10,000 ドル程度の帯を抜けていく時期に、消費・金融・インフラ関連の株式が大きく伸びやすいです。所得が増えるにつれ、食費が家計に占める割合が下がり、耐久財・サービス・金融商品への支出が伸びる、という消費パターンの転換がこの帯で起きるためです。
過去のホームランを振り返ると、1990年代の韓国(3,000→10,000 ドル)、2000年代のロシア(3,000→15,000 ドル)、2010年代の中国(4,000→10,000 ドル)が、まさにこの帯を抜けていた時期と一致しています。
足元で同じステージに差しかかっている国は、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナム、エジプト、モロッコ、パキスタンあたりです。対照的に、すでに15,000 ドルを超えている国々(チリ、マレーシア、中国の一部都市)は、次のステージでは成長の傾きがどうしても穏やかになります。一人当たり GDP が高い国=優良投資先、とは限らない、というのが新興国投資の面白さでもあります。
みっつ目 —— 制度とガバナンスの「上への傾き」
3つ目が、もっとも判断が難しいが、長期のリターンに決定的に効いてくる物差しです。それは、「制度や市場ガバナンスが、過去10〜20年で良くなっているのか、悪くなっているのか、横ばいなのか」という傾きを見ることです。
同じ新興国でも、投資家保護・契約執行力・汚職指数・財政規律などが中長期で改善している国と、悪化している国では、期待できるリターンの水準が全く違ってきます。改善トレンドにある国では、最初は割安なバリュエーションで入れて、時間の経過とともにバリュエーションが切り上がる「ダブルの追い風」が働きます。逆に悪化トレンドにある国では、どんなに割安でもディスカウントがさらに深くなり、なかなか報われません。
代表的な参照指標としては、次のようなものがあります。
- トランスペアレンシー・インターナショナルの汚職指数(CPI)の過去10年のトレンド
- 世界銀行のガバナンス指標(WGI、6分野それぞれ)
- ソブリン格付けのアウトルック変化(S&P・Moody’s・Fitch)
- MSCI の ESG 評価の G(ガバナンス)スコア推移
絶対水準ではなく「変化の方向」を重視するのが肝心です。絶対水準だけで見ると先進国と比べてほとんどの新興国は見劣りするが、そのなかでも「このくらいの速度で改善している国」が存在します。足元で改善トレンドが見える国として語られやすいのは、インド、インドネシア、ベトナム、サウジアラビア、UAE、ポーランドなどです。逆に悪化トレンドが懸念されているのが、トルコ、南アフリカ、一部のラテンアメリカ諸国です。
3つの物差しをどう組み合わせるか
この3つの物差しを並べて眺めると、どの新興国も「2つは合格、1つは疑問」というパターンが多いです。完璧に3つすべてに当てはまる国はまれで、「欠けている部分のリスクをどこまで許容するか」がそれぞれの投資家の判断になります。
たとえばインドは、人口動態と所得ステージは文句なしだが、バリュエーションが安くない局面が続いています。インドネシアは3つともそこそこ合格だが、コモディティ価格への感応度が高いです。ベトナムは3つとも合格だが、MSCI がまだフロンティア扱いで、機関投資家マネーが限定的です。サウジ・UAE は制度改善と所得ステージは合格だが、原油価格に対する感応度は高いです。
個人投資家としての運用に落とすと、次のような考え方が現実的になります。
- 3つの物差しすべてに合格する国は、コア新興国として EM 指数比率より重めに持ちます
- 2つ合格1つ疑問の国は、指数比率か少し軽めに持ち、疑問部分の進捗を毎年見直します
- 1つしか合格しない国は、明確に割安なバリュエーションが付いている局面だけトレードします
- 3つすべてが逆向きの国は、スキップするか、下がっても拾いません
3つの物差しは、ホームランを確実に当てるための魔法ではありません。ただ、これを毎年更新して眺め直すだけでも、「なんとなく話題だから」で買い、「なんとなく怖くなったから」で売るという行動を、だいぶ抑えやすくなります。
次回は、新興国投資と切り離せないもうひとつのテーマ、地政学について。世界地図のうえで「通り道」を持つ国々を意識することで、ニュースの重要度を瞬時に判断できるようになる、というアイデアを扱いたいです。

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