地政学を「通る場所」で読む —— 新興国投資のためのチョークポイント入門

地政学というと、新聞の国際面やシンクタンクのレポートで使われる、少し距離のある言葉に感じるかもしれません。ただ、新興国投資と付き合い始めると、この言葉を完全に無視するのはかなり難しくなります。なぜ原油が上がるのか、なぜ特定の国の通貨だけが急落するのか、という問いの半分くらいは、地政学のレンズを通すと急に見通しがよくなるからです。

とはいえ、地政学の教科書を全部押さえる必要はありません。投資家としての実務感覚では、「世界地図のうえで、モノとエネルギーが通る場所がどこか」を知っておくだけで、ニュースのうち重要なものと、そうでないものを素早くふるい分けられるようになります。今回はその「通る場所」、つまり海上チョークポイントとパイプラインの話を中心に整理してみたいです。

世界の物流は数カ所の「隘路」に集中している

現代の世界経済は、一見すると複雑に分散しているように見えるが、海上貿易の視点で眺めると、驚くほど少数の場所に集中しています。世界の原油・LNG・コンテナ貨物の大部分は、次のチョークポイントのどれかを経由して動いています。

  • ホルムズ海峡:ペルシャ湾の出口。世界の原油海上輸送の2〜3割、LNG 供給の3割以上がここを通ります
  • マラッカ海峡:インド洋と南シナ海をつなぎます。中国・日本・韓国向けの原油・LNG・コンテナが集中
  • スエズ運河:欧州とアジアを結ぶ最短路。世界のコンテナ貿易の約1割
  • パナマ運河:太平洋と大西洋を結びます。米国東岸とアジア、南米を結ぶ動脈
  • バブ・エル・マンデブ海峡:紅海の入口。スエズ運河を抜けた船が通るため、スエズとセットで考える必要があります
  • ボスポラス・ダーダネルス両海峡:黒海とエーゲ海を結びます。ロシア・ウクライナ・カザフスタンの原油・穀物が通ります
  • 台湾海峡:半導体の世界的な結節点である台湾の海上アクセス

この7カ所のうち、どれか1つが止まるだけで、特定の商品価格が一気に跳ね上がります。2021年のスエズ運河座礁事件、2024年以降の紅海での船舶攻撃に伴う迂回、2022〜2023年のボスポラス海峡経由の穀物輸送停滞などは、いずれも具体的に市場を動かしました。

パイプラインと鉱物輸送路も同じ構造

海上だけでなく、陸上のパイプラインや鉱物輸送路にも、似たような集中が見られます。

  • ロシアから欧州への天然ガスパイプライン(ノルドストリーム、ヤマル、トルコ経由)
  • 中央アジア(カザフ・ウズベク・トルクメン)から中国への石油・ガスパイプライン
  • アフリカ内陸の銅・コバルト・リチウムを港まで運ぶ鉄道(ロビト回廊、タンザン鉄道等)
  • 南米のリチウムを沿岸部の港まで運ぶ輸送路(チリ・アルゼンチン・ボリビア)

これらは、パイプラインがあること自体ではなく、「どの国の領土を通っているか」が重要です。通過国の政治的立場が変わると、輸出側・輸入側の両方がコストを払うことになります。欧州が2022〜2023年にエネルギー価格高騰に見舞われたのは、天然ガスの供給元が変わっただけでなく、通過経路も変わったことが大きいです。

「通る場所」を持つ国は、自国が当事者でなくても振り回される

投資家として意識しておきたいのは、チョークポイントを抱える国が、自分自身がその紛争の当事者でなくても、周辺の緊張の影響を正面から受けてしまう、という点です。

たとえばエジプトは、自国で戦争をしているわけではないが、紅海の不安定化でスエズ運河通航料収入が2023年に前年比で大きく落ちました。インドネシア・マレーシア・シンガポールは、マラッカ海峡の安全保障に強く依存しているため、南シナ海の動きに敏感に反応します。トルコは、ボスポラス・ダーダネルスを抱えていることで、ウクライナ戦争でも独特の仲介役を果たすことができたが、逆に制裁リスクも背負うことになりました。

通る場所を持つ国の株式や通貨は、自国のファンダメンタルズとは別の要因で動きやすいです。これ自体は良いことでも悪いことでもないが、「なぜこの国の株がこのタイミングで動いたのか」を理解するためには、地図の上で通り道を一度確認しておく価値があります。

新興国投資への落とし込み

このチョークポイント視点を、個人投資家の運用に落とし込むとしたら、次のような使い方になります。

  1. 重要チョークポイント周辺の国を、自分のポートフォリオで洗い出しておく:インドネシア、マレーシア、シンガポール、エジプト、トルコ、UAE、パナマなどが候補
  2. 関連ニュースのチェックリストを決めておく:紅海、ホルムズ、台湾海峡、スエズ、ボスポラスといった単語が目に入ったら、そのニュースに数分使います
  3. エネルギー価格と運賃指数を併読する:BDI(バルチック海運指数)、SCFI(上海コンテナ運賃指数)、LNG スポット価格、ブレント原油など
  4. ヘッジとしてのエネルギー関連株・ETF を少量持つ:ポートフォリオの主力に新興国株を置くなら、石油・天然ガス・ウラン関連の ETF を5〜10%程度添えることで、地政学ショック時の下落を和らげられます
  5. 単一チョークポイント依存の銘柄には注意する:海運、空運、港湾、パイプライン運営企業などは、特定のチョークポイント封鎖で一時的に収益が吹き飛ぶリスクがあります

地政学は、予測するより備える対象として扱ったほうが、投資家としては扱いやすいです。「次にどこで何が起きるか」を当てようとすると、当たり外れがそのまま損益に直結してしまうが、「どこが起きやすく、起きたときに何が動くか」を知っておくだけなら、情報収集と分散で十分に手が届きます。

今回でカントリー・リスクと地政学に関する基礎編の主要なテーマはひと通り並べ終えました。次回からは、視点を一段戻して、そもそも「株式投資の土台」としての考え方——長期投資の思想、複利の効かせ方、ポートフォリオの組み方といった基礎の基礎——を改めて整理していく予定です。


画像クレジット: Ahmoudou Mohamed 氏(Pexels)/Pexelsライセンス(商用利用可、帰属表示義務なし)

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