ラテンアメリカの株式市場は、魅力と落とし穴が同居していて、見る時期によって印象がまったく変わる地域です。コモディティ価格が上向けばあっという間に世界でトップクラスのリターンを叩き出すのに、翌年には同じ指数が半値になる、という振幅を繰り返してきました。
この振幅の理由の多くは、各国の経済政策そのものというよりも、「政策がどのような歴史的地層の上で運営されているか」にあります。ブラジル・メキシコ・アルゼンチン・チリ・コロンビア、どの国の株を買うにしても、通しの歴史を最低限押さえておくと、現地のニュース一本の重みがずいぶん違ってみえます。今回はその下地を整理しておきたいです。
独立から20世紀初頭 —— 一次産品国家としての出発
19世紀前半、ラテンアメリカ諸国はスペイン・ポルトガルから次々と独立しました。ただし、独立後に築かれた経済構造は、「銀・砂糖・コーヒー・銅・肉・小麦・石油などを欧米に輸出し、工業製品を輸入する」という、植民地時代の役割分担を色濃く引き継ぐものでした。
この一次産品依存が、その後の株式市場の性格を決めています。景気サイクルは国内政策よりもコモディティ価格に従属し、通貨も同じように動きます。ブラジル・レアルが大豆や鉄鉱石の価格と連動する、チリ・ペソが銅価格と連動する、といった現在の相関の源は、この時代までさかのぼります。
1930〜70年代 —— 輸入代替工業化とその行き詰まり
1929年の世界恐慌と第二次大戦を挟んで、ラテンアメリカ各国は「輸入代替工業化(ISI)」と呼ばれる政策に舵を切ります。高関税と為替管理で輸入を抑え、国内で工業化を進めるという発想です。ブラジルのペトロブラスやエンブラエル、メキシコのペメックス、アルゼンチンの鉄鋼・自動車産業など、現代まで残る国営・準国営の大企業の多くは、この時期の遺産です。
ただし ISI には副作用がありました。内向きに育てた産業は国際競争力が伸びず、慢性的な財政赤字と貿易赤字を抱えたまま、通貨の切り下げと高インフレが常態化していきます。ラテンアメリカ特有の「二桁・三桁インフレの記憶」はこの時期に刻まれたもので、足元の投資家の心理にも無視できない影響を残しています。
1980年代 —— 債務危機と「失われた10年」
1970年代後半のオイルマネー流入で、ラテンアメリカ諸国はドル建て債務を積み上げました。1980年代に入ってFRB のボルカー議長が高金利政策を取ると、ドル建て債務の利払い負担が一気に跳ね上がり、1982年にメキシコがデフォルトを宣言します。これが引き金となり、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、エクアドル等が次々と債務再編を余儀なくされました。
この「失われた10年」の結果、ラテンアメリカ各国の株価指数はドル建てで長期にわたり低迷し、為替と物価は大きく揺れ動きました。ハイパーインフレと通貨切り下げで、名目の株価指数が上がっていても、ドル建てではマイナスリターン、という経験が繰り返されました。「現地通貨ベースの株価だけを見ても意味がない」という感覚は、ここで投資家の間に定着します。
1990年代 —— 新自由主義と構造改革
1989年、米財務省と IMF が提示した「ワシントン・コンセンサス」に沿って、ラテンアメリカ各国は一斉に市場経済寄りの構造改革に舵を切りました。変動相場制への移行、民営化、貿易自由化、財政規律の強化が柱です。
アルゼンチンのカレンシーボード制(1991〜2002)、ブラジルのレアル・プラン(1994)、メキシコの NAFTA 加盟(1994)、チリの民営化と年金改革は、この時期の代表的な事例です。株式市場はインデックス化され、外国人投資家の参入が本格化し、MSCI EM 指数にラテンアメリカ各国が本格的に組み入れられるようになります。ただし、ここで生まれた財閥や、払い下げで巨額の資産を手にした一族の影響は、現在の株主名簿にも色濃く残っています。前回触れたオリガルヒ構造の、ラテンアメリカ版だと思うとわかりやすいです。
2000〜2010年代 —— コモディティ・ブームとピンクタイド
2000年代、中国の高成長を背景にコモディティ価格が急騰し、ラテンアメリカはふたたび黄金期を迎えます。ブラジル・レアルと株価指数は2003〜2010年にかけてドル建てで大きく上昇し、MSCI ラテンアメリカ指数も同様の軌跡を辿りました。
政治の側では、ベネズエラのチャベス、ブラジルのルラ、アルゼンチンのキルチネル、ボリビアのモラレスといった中道左派〜左派政権が並び、「ピンクタイド」と呼ばれた時期でもあります。資源収入が潤沢な間は、こうした政権の社会政策と財政規律は何とか両立したが、2014年以降のコモディティ価格下落で一気に矛盾が表面化しました。ベネズエラのハイパーインフレ、ブラジルの大規模汚職事件(ラヴァ・ジャト)、アルゼンチンの度重なる債務再編は、この後半戦の象徴的な出来事です。
足元 —— 金利・ポピュリズム・ドル
2020年代に入り、ラテンアメリカの投資環境はもう一段、複雑になっています。主な論点は次のあたりです。
- 米国の金利サイクルに対する感応度が、他の新興国以上に高い(ドル建て債務が大きいため)
- 中道左派・左派政権が主要国で同時期に成立しており、税制・資源政策への介入リスクが増しています
- リチウムなどの重要鉱物を巡って、資源ナショナリズムが再燃しかかっています
- 米中対立の構図のなかで、北米(メキシコ)と南米の立ち位置が分岐しつつあります
言い換えれば、ラテンアメリカの株式市場は「米国の金融政策」と「コモディティ価格」と「国内政治」の3軸の交点にあり、このうち2軸以上が同時に向かい風になると、現地株は驚くほど素早く崩れる、という構造は今も変わっていません。
投資家としての心構え
この歴史を踏まえると、ラテンアメリカ株との付き合い方は、意外とシンプルな原則に収れんします。
- コモディティ・サイクルを前提に置く:中長期のリターンの方向を決めるのは、個別企業の決算より一次産品価格のほうです
- 現地通貨ベースとドル建てを分けて見る:ドル建てで見たときに初めて、外国人投資家としての実際のリターンが把握できます
- 政治サイクルと財政の健全性を点検する:選挙後の政策パッケージを読むときは、財政赤字対GDP比と経常赤字を同時に眺めます
- 分散の単位は「ラテンアメリカ」でなく「国」:ブラジルとメキシコはまったく別のサイクルで動き、チリとアルゼンチンも別物です
- ポジションは小さく、時間軸は長く:振幅が大きいので、コア資産にはせず、サテライトで持つのが無難です
ラテンアメリカは、歴史の重みを理解したうえで付き合うぶんには、十分に魅力的な投資先です。ただ、歴史を知らずに「割安だから」で飛び込むと、過去に何度も繰り返された失敗を、個人としてもう一度経験することになりやすいです。
次回は、ラテンアメリカを含めて、より広い意味での「グローバルサウス」の投資機会を俯瞰してみたいです。アフリカ、中東、東南アジアが一段の存在感を増しつつあるなかで、個人投資家としてどう手触りを持つかを整理します。

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