前回、カントリー・リスクを5つに分けて眺めました。その中で、政治リスクと資本移動規制リスクの「行き着く先」として登場するのが、政府による資産の没収や凍結です。
「まさか21世紀に、そんな国がないだろう」と思うかもしれません。ただ、近現代の資本市場を振り返ってみると、先進国の投資家が新興国政府によって資産を実質的に奪われた例は、想像より多く存在しています。今回は主な事例を4つだけ選んで、どんな形で起きたのかを整理しておきたいです。具体像を持っているかどうかで、新興国のニュースを見るときの解像度がかなり変わってきます。
なぜ政府は外資の資産に手を付けるのか
国が外国人投資家の資産に制約をかけるのは、突発的な悪意というより、むしろ国内側の切羽詰まった事情から起きることが多いです。主な動機を並べると次のようになります。
- 外貨準備の急減 —— 輸入代金や対外債務の返済に外貨が足りなくなり、資金流出を止めたいです
- ポピュリズム —— 国民向けに「外資から取り戻す」という物語が政治的に機能する局面
- 戦時・経済制裁への応酬 —— 相手国の投資家への逆制裁として凍結を用います
- 財政危機 —— 税収不足を埋める新たな歳入源として、国内資産を動員します
逆にいえば、この4つの条件の匂いが濃くなっている国は、それだけで警戒度を上げておいたほうがよい、ということでもあります。
アルゼンチン 年金資金の国有化(2008)
2008年10月、当時のフェルナンデス大統領は、民間年金(AFJP)制度を突然廃止すると発表しました。ハイパーインフレと通貨危機への対応という大義名分のもと、民間年金会社が運用していた約240億ドル規模の資産は、ほぼ一括で国家の社会保障庁(ANSES)に移管されることになります。
この発表の瞬間、ブエノスアイレス証券取引所のメルバル指数は一日で10%以上下げ、アルゼンチン株は国債とともに暴落しました。外国の運用会社が保有していた現地株も、強制移管の対象となり、以降のアルゼンチン株式市場は長い機能不全を経験します。MSCI は後にアルゼンチンをフロンティア市場へ格下げし、投資適格の機関投資家の手が届かない時期が続きました。
ベネズエラ 石油事業の接収(2007〜)
2007年、チャベス政権は「大統領令による石油事業の国有化」を発令しました。オリノコ重質油地帯で操業していた ExxonMobil、ConocoPhillips、シェブロン、BP、Total などは、合弁比率の強制変更か事業撤退かの二者択一を迫られました。
撤退を選んだ ExxonMobil と ConocoPhillips は、国際投資紛争解決センター(ICSID)に仲裁を申し立て、判決では数十億ドル規模の賠償命令が下っています。ところがベネズエラ側は判決を事実上棚上げし、一部は十数年を経てようやく分割で支払われるかどうかという状態が続いています。「合弁で現地にコミットしていたはず」の大手企業が、一枚の大統領令で事業継続権を失います。国有化リスクの代表例として語り継がれる事例です。
ロシア 海外投資家資産の凍結(2022〜)
2022年のウクライナ侵攻後、ロシア中央銀行と政府は、「非友好国リスト」に該当する国の居住者が保有するロシア株・ロシア国債・配当・売却代金を、タイプCと呼ばれる特別口座に隔離しました。形式上は所有権を残したまま、送金だけを止めるという仕組みです。
影響を受けたのは年金基金から個人投資家まで広範にわたり、世界全体での凍結規模は1,000億ドルを超える水準と見られています。現地の株価指数が今後上昇したとしても、外国人投資家はそのリターンを自国へ戻せません。「持っているが使えない」という、資本移動規制リスクが極端な形で現れた現代の代表例です。
キプロス 銀行預金からのベイルイン(2013)
最後に、新興国ではなく EU 加盟国の例を一つ挙げておきたいです。2013年、財政危機に陥ったキプロスは、IMF・ECB・欧州委員会との合意のもと、10万ユーロを超える預金に約47.5%の強制カットを実施しました。公的資金で銀行を救う「ベイルアウト」ではなく、預金者自身に損失を負担させる「ベイルイン」方式です。
キプロスのケースが示したのは、「先進国側の枠組みでも、条件が揃えば預金保護の神話は崩れうる」という事実でした。新興国に限った話ではないという意味で、資本規制のリスクを考えるとき常に横に置いておきたい事例です。
事例に共通していた徴候
4つの事例を並べると、事前に共通する徴候があることに気付きます。
- 外貨準備の急減、あるいは経常収支の大幅な赤字が数年続いていました
- ソブリン格付けの連続的な引き下げと、CDS スプレッドの急騰が先行していました
- 政治的な行き詰まり(選挙・政変・戦争・制裁)が直接の引き金になりました
- 発表後の正常化には、少なくとも数年、長ければ10年以上の時間がかかりました
つまり、没収や凍結は「ある日突然」起きるというより、地殻変動が先行していたイベントでもあります。そうした指標を日頃から眺めておけば、すべてを避けることはできなくとも、最悪のタイミングで飛び込むことは避けやすいです。
次回は、このカントリー・リスクと密接に結びついている「オリガルヒ構造」の話を取り上げたいです。新興国の株主名簿のかなりの割合を占めている大株主たちが、上場企業のガバナンスをどう歪め、少数株主にどう影響するのかを、具体例とともに見ていきます。

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