新興国はいつ買うか ― 金利とドルで決まる「入りどき」

新興国はいつ買うか ― 金利とドルで決まる「入りどき」


新興国株は「どの銘柄を買うか」に目が行きがちです。けれども長く見ていると、それと同じくらい、ときにはそれ以上に効くのが「いつ買うか」です。同じ銘柄でも、入る局面を間違えると、良い会社なのに何年も報われないことが起こります。この記事では、新興国に資金が向かう局面と逃げる局面を、金利とドルという2つの軸で整理し、過去の実例で確かめていきます。

なお、「米国の金利が上がり始めた局面では、新興国を新規に買うべきではない」という買ってはいけないときの話は、前編の米国金利が上がる兆しがあるなら新興国投資はやめとけに書きました。本記事はその続きとして、「では、いつなら買ってよいのか」に答えるものです。

1. 銘柄選びより「いつ買うか」が効く

新興国の株は、先進国の株よりも値動きが大きく、世界の資金の出入りに振り回されやすい性質があります。市場の規模が小さく、海外からの資金に頼っている分、世界中の投資家が「リスクを取ろう」という気分のときには一気に資金が流れ込み、「守りに入ろう」という気分になると真っ先に引き上げられます。つまり、その会社の良し悪しとは別のところで、株価が大きく動いてしまうのです。

ですから、いくら決算が良い会社を選んでも、世界の資金が逃げている局面で買ってしまうと、しばらく含み損を抱えることになります。逆に、皆が新興国を見捨てている局面で仕込めれば、同じ会社でもずっと良い結果になります。「新興国株はやめとけ」は本当かでも触れたとおり、新興国投資は「やる・やらない」の二択ではなく、「いつ・どう関わるか」で結果が大きく変わります。銘柄分析と同じくらい、入りどきの判断軸を持っておきたいところです。

2. 利上げ・インフレ局面は新興国の逆風

世界的に金利が上がっている局面は、新興国にとって逆風です。理由はシンプルで、金利が高いと、わざわざ値動きの荒い新興国株を買わなくても、安全な資産(先進国の短期国債など)に置いておくだけで一定の利回りが得られるからです。リスクを取る動機が薄れるので、資金はより安全な場所へ向かいます。

さらに厄介なのが通貨です。資金が逃げ出すと新興国の通貨は下落します。それを食い止めようと、各国は手持ちの外貨準備を使って自国通貨を買い支えます。しかし買い支えるほど手元の外貨は減っていき、やがて「もう支えきれない」と見られた瞬間に、通貨は一段と急落します。通貨安は輸入物価を押し上げてインフレを悪化させ、それを抑えるために利上げを迫られ、景気が冷える——という悪循環に入ることもあります。

歴史を振り返ると、この図式は何度も繰り返されてきました。たとえば1994年、アメリカが急ピッチで利上げを進めた年の暮れに、メキシコの通貨ペソが暴落しました(いわゆるテキーラ危機)。1997年から98年にかけては、ドル高と資金流出を引き金に、タイのバーツ急落からアジア各国へ連鎖したアジア通貨危機が起きています(世界の資金がドルに吸い上げられて新興国に回らなくなる——この危機の構造そのものは前編で詳しく解きほぐしています)。比較的近いところでは2013年、アメリカが金融緩和を縮小するかもしれないと意識されただけで、新興国の通貨と株がまとめて売られました。当時とくに脆いとされた国々は「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5カ国)」とまで呼ばれました。金利上昇は、それ自体が新興国にとって地雷原になりうるのです。

裏を返せば、金利が低い局面、とりわけ世界が不況を恐れて金利を下げざるを得ない局面ほど、新興国には妙味が出てきます。「金利がどちらを向いているか」は、新興国の入りどきを測る最初のものさしです。

3. ドル安は新興国の追い風

2つ目のものさしがドルです。ドルが強い局面では、世界の資金が「より安全で利回りの取れるアメリカ」へ吸い寄せられ、新興国からは資金が流出しやすくなります。多くの新興国はドル建てで借金をしているため、ドル高は返済負担が重くなるという面でも逆風です。逆にドルが弱くなる局面では、相対的に新興国へ資金が向かいやすくなり、ドル建て債務の負担も軽くなります。

実際、2000年代の半ば、ドルがじりじりと値を下げていった数年間は、新興国がまとめて見直された時期と重なります。当時は新興国の代表格をまとめて指す言葉が流行し、世界中の資金が新興国に殺到しました。ドル安が、その大きな追い風のひとつだったのです。

ただし、ひとつ注意があります。ドル安だからといって、必ずしもアメリカの株が下がるわけではありません。ドルと米国株は、歴史的に見て連動が弱く、別々に動くことがよくあります。「ドルが安いから米株も弱いはずだ」と短絡せず、ドルはあくまで新興国への資金の向きを測る材料として使うのが正解です。世界の地図のどこに資金が向かうのかという視点は、ブラックスワン時代における分散投資と新興国投資でも整理しています。

4. 歴史は「金利とドル」で動いてきた

ここまでの話を、過去の代表的な局面で一枚に整理してみます。細かい数字を覚える必要はありません。「金利が上がる・ドルが高い局面では新興国が傷み、金利が低い・ドルが安い局面では新興国が買われた」という大きな呼吸を、つかんでおけば十分です。

時期金利・ドルの局面新興国で起きたこと
1994年米国が急ピッチで利上げメキシコ通貨危機(テキーラ危機)
1997〜98年ドル高・資金流出アジア通貨危機が各国へ連鎖
2000年代半ばドル安・世界的な低金利新興国の大相場(資金が殺到)
2008〜09年金融危機→各国が一斉利下げ暴落のあと、底から大きく反発
2013年緩和縮小の観測(金利上昇方向)通貨・株が急落(脆弱な5カ国)

こうして並べると、新興国の浮き沈みが、その国の事情だけでなく、アメリカの金利とドルという「外側の天気」で大きく左右されてきたことが見えてきます。新興国の地政学的な位置づけを「通り道」から読む視点は地政学を「通る場所」で読むにもまとめていますが、お金の流れにも同じように「通り道」と「天気」があるわけです。

5. 「恐怖が極まったとき」が本当の入りどき

表をもう一度見てください。新興国がもっとも報われたのは、その直前にいちばん絶望していた局面の「あと」です。2008年から09年の金融危機では、新興国は容赦なく売り叩かれましたが、各国が一斉に金利を下げ、誰もが投げ売りを終えたあたりから、底を打って大きく反発しました。アジア通貨危機のあとも同じです。新興国を強く狙うべきは、皆が怖がって投げ売りした、その極みのあとなのです。

難しいのは、その「底」は誰にもはっきりとは分からないことです。底を正確に当てようとすると、たいてい動けません。相場の天井と大底という、いちばんおいしい部分は取れなくて当たり前、くらいの心構えがちょうど良いのです。だからこそ、一度に全額を投じるのではなく、恐怖が続いている局面で、何回かに分けて少しずつ買い向かうのが現実的です。落ちてくるナイフを素手でつかもうとせず、何回かに分けて拾うイメージです。実際に「底かもしれない」と思える局面の読み方は、バングラデシュは今、底か?で具体的に検討しています。

6. それでも銘柄は一本釣り

局面が良いと判断できても、新興国では「市場全体をまとめて買う」やり方はおすすめできません。先進国なら指数をまるごと買う戦略が有効ですが、新興国の指数は、ごく一部の大型銘柄や、国が大株主の会社、内容の伴わない人気株に偏っていることが多く、まとめて買うと中身の悪い会社まで抱え込んでしまいます。

ですから新興国は、指数や上位銘柄の一括買いではなく、内容を確かめて一本釣りが基本です。きちんと儲かっているか、流動性はあるか、情報は開示されているか、そして「見えない大株主」がいないか——こうした新興国ならではのリスクを、一社ずつ点検する必要があります。大株主構造の落とし穴はオリガルヒ構造を理解するに、どんなものさしで有望な国・銘柄を絞り込むかは次のホームラン新興国を選ぶ3つの物差しにまとめています。

7. まとめ:自分のためのチェックリスト

新興国の入りどきは、次の順番で確かめると整理しやすくなります。

  • ① 世界の金利は上昇局面か、低下局面か(上昇局面なら慎重に)
  • ② ドルは高い局面か、安い局面か(ドル安は追い風)
  • ③ 市場心理は強欲か、恐怖か(恐怖が極まった局面が入りどき)
  • ④ その上で、銘柄は一本釣りで中身を確認し、何回かに分けて買う

①で金利が上昇局面に当たったとき、なぜ「見送り」が原則になるのか——その理屈は前編の米国金利が上がる兆しがあるなら新興国投資はやめとけで詳しく説明しています。前編が「買ってはいけないとき」、本記事が「買ってよいとき」。2本セットで、入りどきの判断軸になります。

完璧なタイミングは誰にも当てられません。それでも、この4つのものさしを持っておくだけで、「高いところで飛びついて、安いところで投げる」という一番もったいない動きは避けやすくなります。そして忘れてはいけないのは、なぜ投資をしないことが「最大のリスク」なのかでも書いたとおり、動かない時間そのものが、静かに効いてくるリスクだということです。外側の天気を見極めながら、少しずつでも関わり続けることが、長い目では効いてきます。

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