現金。
貴金属。株式、債券。ビットコイン。
これらを日本円に換算して積み上げた資産額。
夜な夜なスマホを立ち上げて、数字を眺めてうっとりする。
スマホの金額を眺めているうちに恍惚とした表情を浮かべ、ある種の興奮すら覚えているのではないかと自問する人間は誰でしょう?
わたしです。
あれですよ、秘密基地に隠した宝物をチラ見する感覚。
伝わらない? そうですか ……。
今回は、わたしの性癖の告白。
ではなく。
お金で幸せを感じるにはどうやら限界があるらしいというお話です。
資本主義における、お金の幸せの限界
資本主義には、お金を稼いで好きなものを買う、という価値観が肯定される側面があります。
- ドラム式洗濯機を購入して、選択乾燥どころか畳むことすらやめてしまう
- 愛を持って育てたウマ娘が対戦で勝てないのが嫌で、気がついたら 2 万円を突っ込んでいる
- ススキノでお姉ちゃんたちと S とか M とかをプレイして 10 万を溶かすとか
これらは、まさに資本主義という状況下で肯定される幸せの形です。
ちなみに、広告で一目惚れしたパテックフィリップなる高級時計の値札を見ずにローンを組んで支払いに首がまわらなくなる、ということをいつかやってみたいんですが、機械時計ってぶっちゃけどうなんですかね?
まあ、これらは置いておくとして。
これらのものを買って得られる幸せって、限界があると思いません?
いやいや、それは 2,000 万持ってるからでしょう?
そうかもしれませんが、ちょっとまってください。
だってそうでしょう?
バイトで初めて 1 万円を手にしたとき、何しました?
わたしは、なにはともあれ、そのお金を握りしめて両親と王将に行きました。その時に見た父と母の顔は今でも忘れられません。
初任給で 20 万を手にしたとき、なにを考えましたか?
わたしは現金にも、これなら PS3 5 台は買えるな、と考えて密かにガッツポーズしてました。
あの時ほど誇らしく、無敵に思えたことはないです。
オチとしては、豪遊してやろうとひとりでビアホールに行って、でもチキンで 1 万円も使えなくて愕然としたんですけどね。
20 万って、使いきれないくらい大きな金額なんだな、と感じたことを強く覚えています。
皆さんも、似たような経験、ありませんか?
そして、いまのわたしにとって、20 万といえばひと月でなくなる額です。
いや、だって家賃光熱費に通信費を払って、小説や漫画を買い漁ってたら無くなる額じゃないですか。
(kindle のデータ量は累積で 130GB くらい)
つまり、幸福を感じられる閾値が高くなってしまったんですね。
1,000 万持ったとき、2,000 万持ったとき
これは、資産にも当てはまります。
資産が 100 万、200 万しかないとき。
お金持ちが羨ましくて仕方がなかったです。
周りの金を持ってるひとが羨ましくって仕方がなかったし、金持ちのブログを読むたびに寄越せやこら、くらいに思ってました。
1,000 万は夢の額で、持っていたらきっと、人生の不安なんか一切なくならないんじゃないかと思ってました。
実際に 1,000 万もったとき。
あれ、全然金持ちじゃないじゃん、っておもいます。
一生遊んで暮らすには全然足りないし、使ったら一瞬で飛んでいく額にしかみえなかったです。
資産が 1,000 万あたりを浮き沈みして、1,000 万を下回るたびに、まるで凄く損をしたように感じたことをよく覚えています。
実際に 2,000 万持ったとき。
あれ、全然金持ちじゃないじゃん、っておもいます。
そして、やっと気づきました。
お金を持っていることと、幸せを感じることは別なんだな、と。
いやいや、信じられないよ、そんなこと。
でも、事実です。
正しい投資対象を選択して、投資を続けられていたとしたら、皆さんはきっとお金持ちになります。
お金持ち、は言い過ぎかもしれませんが、少なくとも 1,000 万は意外と手の届く範囲にあります。
いま、ぽっと 20 万もらったとしたら。
そりゃあ、あったら嬉しいですし、ありがたいです。
でも、当時のような心からの幸せみたいなものは、感じなくなってしまっています。
お金は、人生の選択肢を増やす一手段
お金は、あくまでも、人生の選択肢を増やす一手段にすぎません。
その事実は、医師免許なり弁護士の資格なり、本気を出せば稼げることが保証されている友人に話を聞いてみればいいです。
彼らは、お金という人生の問題を持っていないからこそ。
わたしは、お金が幸せに直結しないと気がつくのに、4 年かかっています。
この 4 年があれば、わたしはもっと、お金を上手に使えたはずだなって、強く思います。
資産形成は欠かせないものだと、わたしは考えています。
綺麗事抜きにして、明日を食うに困るのであれば、幸せなんぞ考える暇もないんですから。
仮想通貨で 500 万溶かしていますから、お金がなかったときの苦しさは、よくわかっているつもりです。
ですから、こうやって情報を発信し続けています。
それと同時に、自分が幸せになるために。
幸せは、どういうときに感じるのか、とことん自分を観察してください。
自分の変化や感情の振れ幅に、気を配ってください。
お金にならない分野に、哲学や心理学があります。
どうやらこの辺りに答えがあるのではないか、と探し続けているのが今のわたしです。
答えを見つけたら、ここで報告します。
ですが、皆さん自身も、どんな時に幸せを感じるが、探してみてください。
ちなみにわたしはお金を使うなら、こんな時が幸せですね。
- 自分で豚を一匹仕入れてきて BBQ で丸焼きを披露し、友人がぎょっとするさまを iPhone で撮影する
- カツオを一匹仕入れてきて、麦で炙る本格的なカツオのタタキを作って振る舞う
(まあ、僕は料理できないんで、ノウハウのある友だちと一緒じゃないと成り立たなかったんですけどね)
誰かに何かをしてあげること
誰かに何かをしてあげること。
だって人は、群れの中でうまくやらないと、生き残れなかったんです。
組織としてうまくやっていくのは難しくとも、身近なひとに幸せを分けてあげられれば、それなりに幸せになれるかもしれません。
誰かのために役に立っていると実感できる喜びは、本能だか遺伝子だかに刷り込まれている喜びですよ。
もし心に響くことがあれば、ぜひ試してみてください。
2021 年某日

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